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公益信託澁澤民族学振興基金運営委員会
本書は、ボリビアでの約3年にわたるフィールドワークに基づき、フォルクローレ音楽にかかわる人びとの実践と生き方を「孤独」という側面から描くことを通して、関係論に基づく民族誌記述の更新を目指した意欲的な著作である。 1970年代以降、ボリビアでは農村人口の都市への流入や新たなメディアの発達などに伴い、都市部で暮らす人びとの価値観が変容してきた。こうした状況の下で、それまで各々の地方で独自に演奏されてきた民俗楽器を西洋音階に基づいて調律し、組み合わせて合奏するという新しい音楽スタイルが誕生した。「フォルクローレ音楽」と呼ばれるこの音楽スタイルは現在、ボリビア全土に普及し、ひとつの音楽ジャンルを確立するに至っている。 著者は、自身も演奏家としてフォルクローレ音楽家と協働することで、彼らの生活世界に深く分け入りつつ、その語りを丁寧に聞き取ることを通して、彼らの生きる多層的な「孤独」の様相を描きだしている。のみならず、本書において著者は、人間の実存や自己と他者の関係をめぐる人類学的理論を広く検討し、人にとっての「孤独」の意味に光を当てることで、つながりや関係の生成といった側面を重視してきた先行研究群を批判的に捉え直すことに成功している。 また、調査を通して得られた対象への理解と実感を元に、先行研究の視座やみずからの仮定を疑い、再考し、練り直す著者自身の思考の変遷とフィールドワークの足跡が余すところなく描かれていることも、本書の魅力のひとつである。著者の探究が深まっていくにつれて、調査の対象はフォルクローレ音楽の演奏家から楽器製作者、楽器の材料の採取者へと、人的 地理的なネットワークを拡大していく。 このように本書は、フォルクローレ音楽を特徴づける「孤独」に焦点を当てつつ、それがいかなる重層的な関係性の中で生まれ、保持されているのかをも明らかにしている。 とりわけ、フォルクローレの演奏にとって「アネクドタ」と呼ばれる逸話の開陳と共有が核心的な意味をもつことや、他者とともに演奏され、創造されるものでありながら、他者から自己を切り離す手段にもなるという音楽の両義性をめぐる著者の洞察は秀逸であり、説得力をもつ。 以上から、本書は理論的な独創性と民族誌的な描写の魅力に溢れた、質の高い民族誌であると評価できる。一方で、その完成度の高さの背面として、本書の事例の中には、民族誌的なデータの詳細が十分に提示されていない点があるという問題点を指摘することができる。しかしながらこの点は、本書が学界に留まらず、広く一般にまで文化人類学的な思考とフィールドワークの魅力を伝える力作であるという評価を揺るがすものではない。 以上の理由から、本選考委員会は相田豊氏の著作を第52回澁澤賞の授賞にふさわしい業績として推薦することを決定した。
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2025年12月6日(土)、日本工業倶楽部において授賞式が開催されました。 | |
賞状を受け取る相田氏 |
左から、嶺崎選考委員長代理、森山工指導教授、杉本運営委員長、相田氏、石田慎一郎日本文化人類学会長代理 |